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ニジム小ネタ

2016/12/20 作成・公開 リアナと芝蘭の出会った時の話(短編集に収録の予定有り)

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祈りは、人間が望んだ時に生まれる。 生を、悦びを、愛しみを知ったその時から 死を、怒りを、哀しみを拒んだその時から 飽くなき世界が、開かれる

リアナがその手を合わせる道を知ったのは、三つにもならない幼い時だ。 自分を愛した母親の可憐な手が合わさる姿の美しさに見惚れ、促されるままに手を合わせ、意味を持たぬ沈黙に身を委ねた。 その先で向けられた微笑みのあたたかさが、彼女の識る最初の慈愛であり、祈りだった。 自ら閉ざした暗闇の世界から、あたたかな陽射しの世界へ。 祈りとは、導きであった。 けれどそれは、黎明よりも優しい星の光によって、崩されるものでもあった。 「祈りを、したことがないんだ。だからつい、見てしまった」 「……大丈夫ですわ。王族と教会は、相容れぬものだからこそ成り立っているのですから」 父親の不義を、知った頃だった。 礼拝堂が設備された学園だからと通うことを許された学び舎は、リアナの知らぬ人間の感情が渦巻く、昏く、鮮やかな箱庭だ。生まれたての雛のように柔らかな淡色を身に纏う学童は気高く、初々しく、時に瑣末な暗闇に足を取られながらも新たな安らぎを楽しんでいた。 しかしそれは、彼らの背景が清らかであったからこそ得られる喜びに外ならない。 少なくともリアナはそう信じていた。そう信じることで、自らの穢れを許そうとしていた。 「王子は、どうしてここへ?」 恐る恐る口にした言葉は、庭先に咲く菫よりも小さく、儚い声となった。 「一人になりたかったんだが……どうやら、私は誰かの隣にいる方が安心するらしい」 リアナが辞する気配を先取りして、彼は曖昧に微笑む。 言い慣れた気遣いの言葉にリアナは瞠目し、ややあって、見つめすぎた自分に気付いた。ぱっと顔を伏せ、無礼を詫びる。 「ここは城じゃない。楽にしてくれ」 「は、はい……」 苦笑する気配にもう一度頭を下げ、おずおずと彼の人を見上げる。 黎明に近づく夜の色が、ステンドグラスを透かした光を艶へ変える。肩に毛先が届きそうなまっすぐな髪がそよぐ風になびいて、夜明け色の瞳には星が瞬く。 「フェオファノア嬢だろう。茶話会で見かけた時から、一度話がしたいと思っていた」 「光栄、です」 現実に追いつかぬ頭が混乱して、頬が紅潮する。 視線を彷徨わせているうちに王子が先に動いて、聖壇へと向かった。細身ながら自分とは異なる体躯を見つめ、リアナはその場から動けない。 「教えてくれないか」 「……え?」 「祈りを」 聖虹教会の祈りは、形式上は空の神のためにある。 今の国王は宗教を許しこそすれ、敬う先は王へと限定している。国の始まりを築いたからこそ、最初の土台を固めて置く必要があるからだろうと史学の教師が話していた。 だから、王の実子である彼は、この世で最も祈りから程遠い人物だ。 「どうしてでしょうか」 戸惑いから、前置きもなく尋ねてしまい、遅れて口を塞いだ。 リアナの戸惑いは予測済みだったのか、王子は柔らかな微笑みを傾けたまま、手を差し伸べる。 「天使を見てから、神を信じずにはいられなくなってな」 これほどまでに哀しい微笑みを、リアナは生まれて十四年、見たことがなかった。 どんな時代であろうと、どんな苦労があろうと、人間の感情は鮮烈に、激しく、混じり気のない一つの感情でしかなかった。それが貪欲に、時に傲慢に現れるものが祈りだと、諦めていた。 「……天使が、王子を祈りへ導きなさったのでしょう」 けれど、彼の祈りは、もっと細やかで、小さなものだ。縋る先がないから求められた、ちっぽけなはけ口だ。 それが、見て取れた。 「両手を合わせ、膝を着きます。立っていらしても構いません。祈りを、静寂に委ねます」 隣に立ち、先んじて手本を見せる。 いつか母親がそうしてくれたように、その先に立つ。 骨ばった細い手が、静かに組まれる。彼が顔を傾けるとその分滑らかに夜明けが移動して、整った横顔を隠す。 哀しくも穏やかな祈りが、捧げられる。 「……ありがとう」 「どういたしまして」 夜明けに咲く花のように、たおやかな微笑みで彼を迎える。 柔らかな海の色に星が微笑んで、祈りを終えた掌が差し出される。 「よければ、また話してくれないか。青芝蘭だ。名で呼んでくれ」 「勿論ですわ。私(わたくし)のことも、リアナとお呼びくださいませ。芝蘭様」 寄り添わせた手は青白く、けれど体温を奪い合うこともなく優しく、握り合わされた。

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