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日を常に -2

車で数時間国道を走り、キャリーケースと鞄一つを持って、つつじは空を飛んだ。

離陸になれない体内が、ふわふわとした感覚に三半規管共々負けてしまっている。りんごジュースを頼み、なんとか吐き気を抑えて過ごす。

「せっかくの、空の上なのに……」

ぼやく声が気に障ったのか、隣のサラリーマンが音を立てて新聞のページを捲った。

東京まで一時間と少し。

見上げれば霞の空、見下ろせば晴朗の好い春の一日が、つつじの旅立ちの日となった。

前日は涙ぐみ、つつじを見送る際にはなんとか微笑んで見せた母と、静かに手を振って見送ってくれた父は、今頃祖父母の家に顔を出しているのだろうか。いつもなら春分の日に桜餅を作って食べていたつつじが来ないと知って、大層惜しんでいたそうだから、その慰めに行ったのだ。

話せば友人が苦笑するほどに、つつじの家族は仲が良い。親戚同士の顔見せは正月に行われ、つつじも年頃になってからはやいのやいのと話題にされる苦痛を味わって育った。大家族でもなく、遠い親戚の子供の進退を、どうしてそこまで気にするのか。見た目も中身も目立つことの少なかったつつじは、そのような疑問を頭に浮かべることはあれど、親戚達にそれをぶつけたことも、抵抗することもなかった。

今日の空は、そういったしがらみの類全てを切り取ってくれているように、清々しい。

「……よし」

頭を動かせば体調を気にする部分が減るのか、少しだけ気分が良くなった。この綺麗な空を写真に収めようか、とつつじはカメラを鞄から取り出そうとして、着陸態勢に入ったというアナウンスに阻止される。忙しなく動き回る客室乗務員の目を盗んで、こそりと一枚、カメラに収めた。

座席位置が悪く、端に翼が入ったけれど、それもまたつつじらしい一枚だ。

荷物を抱えて、一方通行の両扉を抜ける。がやがやと文字通り騒がしい空港には、つつじが街で見かけたよりも人が居た。

「ええと、モノレール、モノレール……」

家のパソコンでこの先のルートは調べておいた。インクが擦れた紙とにらめっこをしながら、つつじはモノレールの標示を探す。が、標識が多すぎてどれかわからない。

困った時は、数人が歩いていく先をみると良い、と友人が言っていたのを思い出し、首を巡らす。先ほどのサラリーマンを含めたスーツ姿の男性が、キャリーケースを引っ張り進んでいくのを見つけた。視線で先へ進めば、エスカレーターがある。

「あった」

その上にモノレールと書かれた標示を見つけて、つつじはほっと、胸を撫で下ろした。

そんな、初めて都会にきましたと言わんばかりの行動を各所で披露しながらも、つつじはなんとか環状線に乗り換え、最寄りの駅までたどり着くことができた。

ここからは、地図を見ながらの移動になる。まずは不動産屋で鍵をもらい、新居へ向かう。入居時の確認があるから、不動産屋まで辿り着くことができれば、大丈夫だ。

母と一緒に確認した建物を目印に、気を入れ直して足を進める。

そうして、地図に紹介された移動時間の二倍をかけてようやく、つつじは目的の不動産屋にたどり着くことができた。そこからは一人で移動することがないので、スムーズに事が進む。

昼に空港に着き、新居で一人になれたのがおやつの時間。昼食は取れないことを知っていたから、一人になってすぐ、つつじは携帯食を口に含んだ。腹が減っては戦は出来ぬ、だ。

今日のするべきことは、荷物を片付けることと、最寄りの携帯ショップ・スーパー・カフェを見つけることの二つ。こちらも事前に印刷しておいた地図を使って、場所の確認がてら散歩に出る。

「わっ!」

家の扉に鍵をかけたところで、丁度、着信が入った。

一週間前に手にしたばかりの携帯をポケットから開いて、画面の文字に笑いが溢れる。

「お母さん」

『つつじー、着いた? 無事鍵とかもらえた?』

「とどこおりなく。大丈夫だよ」

『あんたのんびりしてるから、道も間違えてんじゃないかと心配したんよ。どう?』

階段を下りながら、心持ち小声で母の電話に応える。カンカンと安っぽい金属の音が聞こえたのか、母はつつじの返答を待たずにハッと息を呑んだ。

『やだ、あんた外で電話取ってるん? ご近所さんに迷惑がられても困るし、母あとで電話しなおすわあ』

「はーい」

くすくすと笑いながらオートロックの扉を開け、外へ出る。

一歩踏み出したところで、つつじは新居を見上げた。

四階建てのマンションで、一階につき部屋は六つ。真ん中に廊下をおいて、三つずつ部屋が並ぶ造りをしており、音が響きやすいなというのがつつじの印象だ。

ここには、どんな人たちが住んでいるのだろう。うるさくなくて、優しい人だと良いなあ、とつらつら考えながら、スーパーの方へ向かう道路を渡る。

一つ目の交差点に差し掛かったところで、つつじは小道の方に喫茶店を見つけた。地図を取り出し見てみれば、コーヒーカップのマークがぽつんと載っている。

「喫茶店、しぇるふぃっしゅ?」

英語の苦手なつつじには、喫茶店の名前は読めても意味までは分からない。急ぐ旅でもなし、喫茶店ならばなにかしらランチかカフェでもあるのではないかと踏んで、つつじはそちらへ足を向けることにした。

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